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弱みを晒すと受け入れられる機会も得ている

≪こんな感性あっていい≫


弱みを晒すか、晒さないかで得るメリットデメリットは如何に?

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弱みを晒すメリット・デメリット

生き物の多くは本能的に弱さを取り繕うようにできてきるという事を聞いたことがある。

それは弱みに付け込まれる事で生じる不利益から身を守るためと言われれば、なるほどと頷けるものであるが、時にデメリットのように感じなくもない。

そういうのも例えばコンプレックス

誰しも何かしらのコンプレックスを抱えやすいものだとは思うけれど、それを隠す行為は果たして防衛機能を伴っているのだろうか?

防衛のように見えてより苦境に身を置いているというのはよくある事。

「野生動物から身を守るために小屋に隠れたとしてずっと閉じこもって待っているのは飢えである」と言うのは良い例だろうか。

つまり恐怖等から逃れるために籠るという行為は一時的な防衛になりはしても長期的には効果を得ないどころか別の危機を生み出す行為かもしれないという事だ。

流石に野生動物に追い掛け回されて向かっていくと身を晒し言うのは無謀とも言えなくはないので素直に退いて様子見しましょう。例えが下手でしたね^^;

ではコンプレックスはどうだろうか、認知行動療法やショック療法などとも言われる事ものあるが晒すことで慣れていく事もそれなりには出来るのかもしれない。

あくまで自身が感じた一例でしかないけれど、取り繕いきれないものを隠そうとしているエネルギーの方がよっぽど自信を追いつめていると感じたものだ。

確かに弱点を隠せるなら便利かもしれないが、どうしても隠し切れないものも有り得るものだとは思う。例えば身体的なコンプレックスだろうか。

隠そうとすることが良いのか、隠さないことがいいのか、どちらが良いのかは人によりけりなので一概に判断は出来そうにないけれど

晒すと弱みに付け込まれる事やいじられる機会は増えてしまうが、同時に受け入れられる頻度も増えていると思っていた方が良い。

隠しているままという事は根本的に改善する事もなく、受け入れられる機会をも放棄している。と言えなくもない。

それでも、どうしても隠しておきたい事は何かしらあるものかもしれないので無理にする必要はないし、弱みを見せたくないという事が悪い事でもない。

それをそんなに気にしなくていい事だとも思う。

それと同じように表に出すこともそんなに気にしなくていいものだよという事である。

プライベートな対人関係で言うと合う人が残り、合わない人が去るかもしれないが、合わない人のために良い子、良い人でいようという八方美人で自身を酷使する機会が減るのであれば悪いばかりというわけでもないかもしれない。

ただ弱みを出すとそれを狙われやすくなるという自覚はあった方がいいのでしょう。

自分が狙われるという自覚を伴っているのなら、それを回避することも無警戒よりは可能であり、いっそ自分で晒している、狙われる場所もわかっているのであれば対応もしやすくなるものなのでしょう。

少なくとも隠せた気になって不意を突かれ得る傷よりは幾分マシかもしれない。

むしろ自身を守ろうとして、より深く傷つけている事はしばしば…

それは、嫌な事ばかり数えて良い事を数えない癖がついている故なのかもしれません。

言い換えると嫌な事を取り繕うとするあまり、嫌な事を数える癖が付きやすいのかもしれないという事でもある。

そのため弱みを時に見せる事で、あえて嫌な事を溜め込んだり数えたりしにくくなるのであれば有意義さを感れるのかもしれません。