無料性格診断テストによる自己考察をしてみよう
ちょっとした趣味による自己分析遊びがてらに性格診断を試してみては、
ほっほーぅ。なるほどなるほど。
等と、占い感覚で嗜しなみながら自己考察しているわけですが、
別にメメの性格には興味ないわぁw
別に興味なくなっていいんだからね,各々の考察になればいいんだかんね。
ツンなにだよ
今回は、
この16Personalities性格診断テストは、読者から非常に正確で、「ちょっぴりゾッとする」と言われています。
という見出しの無料性格診断テスト「16Personalities」を体験させて頂きました。[質問数は60問?所要時間は10分程度]
16パーソナリティーズなので16種類の性格分類に振り分けられる診断のようですね。
(16性格分類はトップ画面の右上の「三」マークからも確認できるかと思います)
大まかな部類としては分析家、外交官、番人、探検家があり、そこから更に4種類の分類があり、 個人的な診断結果は「外交官-仲介者」でした。
仲介できるほどの忍耐も話術も無いよぅ…。
第一印象を結果の見出しに対してはイマイチしっくりくるものが無かったのですが、詳細に目を通していると次第に潤みが溜まり始めました(´;Д;`)当てはまるではないですか。
皆様も、興味があれば無料で自己考察してみて下さい٩꒰๑・д・꒱۶♡
性格診断結果:INFPの性格傾向「仲介者」
仲介者の詳細は引用にて、
“仲介者”型の性格
仲介者型気質の人は、真の理想主義者で、極悪人や最悪の出来事の中にさえも、常にわずかな善を見い出し、物事をより良くするための方法を模索しています。落ち着きがあり控えめで、内気にさえも見られますが、内には激情と情熱があり、まさに光を放つ可能性を秘めています。全人口のわずか4%を占めているだけで、残念ながら、誤解されていると感じることが多いかもしれません。しかし、同じ考えを持つ人々を見つけて共に過ごす時、そこで感じる調和が、仲介者型にとって、喜びやインスピレーションの泉となるのです。“仲介者”型の性格 (INFP-A / INFP-T)
外交官グループに属し、理論(分析家)や刺激(探検家)または実用性(番人)ではなく、自身の信条に基づき行動します。前に進むための方法を決定する際、名誉や美点、道徳、美徳に目を向け、賞罰ではなく、自らの純粋な意志により導かれます。仲介者型の人達は、この気質を誇りに思っていますが、それはごく当然のことです。しかし、誰もがこうした感情の裏にある原動力を理解するわけではなく、孤立することもあります。金はすべて光るとは限らない。放浪する者が皆迷っているとは限らない。年老いても強いものは枯れない。深い根に霜は届かない。J. R. R. TOLKIEN
今の自分のことは分かっているが、今後どうなるかは分からない
こうした気質を最大限に発揮することで、他人と親身にやり取りしながら、難なく比喩表現やたとえ話を用い、シンボルを理解し生み出しながら、自分の考えを共有できます。こうした直感的なコミュニケーションスタイルは、創造的な仕事に向いているため、仲介者型の有名人の多くが、詩人や作家、俳優であるのも不思議ではありません。自己理解と世の中における自分の立場を重視し、自分の作品の中に自身を投影させることで、こうした思想を探求します。
自己表現力があり、比喩や架空の人物を通して自分の美点と秘密を明かします。
その言語能力もまた、母国語にとどまらず、外交官タイプの大半がそうであるように、第二言語(時には第三言語まで!)の習得に非常に長けています。また、その優れたコミュニケーション能力は、外交官の永遠のテーマである調和を追求する際にも役立ち、この能力により、自らに課せられた使命と出会った時に前進できるのです。多くの人々の話を聞き、わずかな人に話す
しかし、他の外向型とは異なり、仲介者型は、ごくわずかな人々やひとつの価値ある目的にのみに集中し、一度に多くのことをやろうとすると力尽き、さらには世の中のあらゆる修復不可能な悪に落胆して、打ちのめされることさえあります。これは、仲介者型の人達の楽観的な見方に頼ろうとしていた友人にとって、悲しい光景です。
善を探求するあまりに自分自身を見失い、生きて行く上で欠かせない日常生活の維持を疎かにしてしまう可能性もあるので注意しましょう。仲介者型の人達は、他の性格タイプよりも、よく思いにふり、楽しみながら物事をあれこれ想定したり、哲学的な事柄について思い巡らせたりします。放っておくと、まるで隠者のように引きこもったまま連絡が途絶え、友人やパートナーが、多大なエネルギーを費やして、現実世界に連れ戻すことになります。
幸い、春には花が咲くように、仲介者型の人達の愛情深く創造性に溢れ、利他的で理想主義的な気質は、常に戻ってきます。そして、行く先々で仲介者型自身とその家族や友人に、おそらく理論や実用性ではなく、思いやりや親切な心、美に息吹を与える世界観をもたらすのです。
出典:無料性格診断サイト16Personalities-仲介者
涙を拭いて自己分析ならぬ自問自答へ。
真の理想主義者?
理想主義、確かに世間でよく言われる完璧主義器質ではあったかもしれませんね。
(完璧と言っても、それは完璧とは程遠い主観依存のエゴによる傲慢な理想主義と言った方が聞こえは悪いが近いのだと思うのです。)
それによって随分、綺麗事と現実のギャップに振り回されてきたような、無いような。誰しもそんな葛藤を抱く時期がモラトリアムなり理不尽な現実に直面した際に感じやすくはあるのでしょうけれど。
白黒付けなければ気が済まないきになりながらも自らのグレーを棚に上げているという奇天烈な傲慢さも無かったと言えば嘘になるでしょう。
今日では、白黒付けることにエネルギーを使うよりは、グレーと共存できるように自らの愚かさを受容できるようにエネルギーを使う方が健全なのかな?というような思いも芽生えてはきているような気はするのです。
特にSNSやニュース番組で見かけやすい誰が悪いかを言い争うの悪者決定戦はエネルギーを消耗してしまう典型イベントとして私の中では位置付けられています。
だからと言って、個々の感情や賛否両論な意見が悪いわけじゃ無いですし、ぶつかり合う事が必要な事もあるのですから否定するは違うのでしょうけれど、不確定な情報に悪感情を煽られて上がらなくてもいい土俵に上がってしまってエネルギー枯渇してしまうのは物事の良い悪い以前に、自分の心身にとっては良くはないんだろうな。
って感じたりもするのです。
まるで火の中に飛び込む蛾のように炎上に焼かれ、怒りに狩られ、揚げ足を取られ、居場所を追われる。
そのようなケースも増えてきている事を思うと、善悪や信念よりも優先した方が良いこともあるのかな?そんな葛藤も生まれたりもするのです。
そうは思っていても感情に狩られて土俵に上がってしまう事もありますので、上がった土俵からの降り方みたいなものを上がった熱の冷まし方を身につけたいものですね。
どこかで聞いたような慣用句で言えば「矛を収める」が近いんですかね。
矛…
極悪人や悲劇にも僅かな善を見出す?
個人的には見出すというよりは、
・何かしら理由があったとは思いたい。
・何かしら希望があると思いたい。
善を追及ではなく目を背けてた過程なのかもしれません。
故に、その後の展開に対して前(ポジティブ)を向いている事もあれば、後ろ(ネガティブ)を向く事もあったりなかったり。
そして、主観的な善悪で言えば、自らの周りに危害を加えようとするものがあるとするならば、それを悪に感じるのでしょう。
一方、客観的に捉え用としてみると、その際の加害者にとっては自身が悪という自覚を伴って行動しているとは限りませんし、第三者からすれば更に見え方は変わるのでしょうから万人にとっての善悪というものを図る事は極めて困難になってしまいますよね。
善悪なんて視点が変れば何とやら…使い古されたようなフレーズですよね。
ただ、その様々な視点を一人で理解しようとすると相容れない葛藤に苦しむ事もしばしば起こります。感情と理屈の板挟みといえばいいのでしょうか、とても健全とは言い難そうです。
結果にある落ち着き、控えめ、それでも情熱などの診断もまた冷静さと情熱の板挟みとも言えるのでしょう。
どんな性格あれ葛藤が多いと自らを蝕み兼ねませんので困ったものではありますけれど。
それを『私の中に住まう中間管理職』と言えば小説のタイトルっぽくて有りかしら٩꒰๑・д・꒱۶ぇ。
光放つ可能性…ʕ⁎̯͡⁎ʔ༄
既に頭の方は放ってるよね。光。
それねw 月のように自ら輝く力を持たない事が切ない。せめて、自ら発光したいよ。
『月とスッポン』だよね。照らされた月面は神秘的だけどメメの顔面はウケるよね🤣
っ‼︎ 不覚にも昔の恋人がライトに照らされる私を見て笑っていた苦い記憶を思い出してしまったよ。ちゃんと刺さってます。前(お前)からも後ろ(過去)からも。
月面、顔面、傷テキ面!
💢
理論、分析、実用性ではなく信条に基づいてる?
上でも述べていたように、その時その時の「自分にとっては正解なのかな?」というような価値基準によって判断しているのかもしれませんね。
時折、バレるため信条と呼んでいいのかは測りかねます。(苦)
時に孤立する事もある?
そうですね。仲介者に限らず板挟みになると孤立率上がりますよね。
例えるならドッヂボールでAチームとBチームの間に板挟みチーム(あるいは板挟み一人ぼっち)がいるようなものです。
そして、AチームとBチームの投げるボールによって真っ先に朽ちやすいのも頷けるでしょうか。
やはり、個人は多数派に押されると極端に不利ですよね。
自分のことすら分かり切らない?
診断には今の自分のことはわかるけれど今後は未知であるのような記述も見受けられますけれど、個人的には「自分のことすら分からない」が現場の信条ではあります。
今に限った事であっても自分の事は分かり切りません。外からじゃ体内のことなんて分からないというな屁理屈を除くとしても、分かった気になる事は分かっているとは程遠いですよね。
何となく漠然と経験と感覚で知ってることだけ知っている。そんな感じでしょうか。
『分かった気になる事は、あんなにも容易いというのにね。』
何度、何百度と今の状態すら冷静さを見失い、振り上げた拳を下ろす事ができずに何度となく墓穴を掘り続けては嵌ってきたことでしょう。(冷静さを欠いた自らの止め方というのは難題ですよね)
自己表現力があり比喩などを用いる?
私の頭部は豆電球💡美女が通ると目が点灯しますʕ•̀ω•́ʔ✧キュピーン!
それ、たまに俺にも点灯してるよねw
イケメンを観ても誤作動するみたいなのです…もしくは嫉妬でʕ•̀ω•́ʔ✧キュピーン!
そうですね。比喩多いですね。架空の二次元も好きです。私とは比べものにならないほど作品が作り込まれていますし、語彙力も国語力も魅力もプロフェッショナルは格が違いますよね。それこそ『月とスッポン』です。
只の殴り書きの趣味であっても稀には自らの比喩がツボに入り腹抱えて転げ回りそうになる事はあります。
その大抵は、翌日を待たずして冷めてしまい、一過性でツボった箇所を翌日読み返すとドン引きする程つまらなく感じてしまうものです。
まるで、身内ネタではしゃぐ人たちを傍目から見てるような感じと言えば伝わりやすいでしょうか。
腹抱えて転げ回わるとか殺虫剤後のゴキブリみたい…
Gの死因は笑死ではなく、神経麻痺による機能不全とかでは無かったかしら?(不確かな記憶ではありますが…)
2か国語の習得に向いている?
個人的な事を言えば、国語が不得意なので文法や読解力などの観点からは向いてはいないとは思いますが、
視点を切り替えて情報収集またはコミニュケーション手段などの観点からであれば知的好奇心から学びたくなるため趣味として学びたくなることがあります。
それを踏まえると全く興味が無いよりは向いているとも言えるのかもしれませんね。
とは言いましても中高の英語力は悲惨なもので赤点フィーバーでしたし、使い物になるほどの英語力は果てしなく先のようです。
It is difficult to acquire other languages.
知識は、他者からすれば「そんな事くらい既に知ってるよ!」というような事でも機会を見つけてはアウトプットしてみたり、繰り返し使う事で情報が強化されて記憶や感覚に定着してくるようですからね。ノロマな亀でも悪くはない、きっと亀も寝てる兎に追いついた時には手脚に筋肉がついてムキムキになってたに違いないと思うのです。
亀ムキくんなのさ💪
卑猥!OUT!
使えそうな学習ツールは使ってみる
ブログも使い方によっては一つの記録とアウトプットするためのメモ帳とも呼べるのかもしれませんね。また、遊びや趣味の中から学ぶと疲労感が少ないですよね。やらされてる感というのは…ね…あれですよね。感情の嫌々感との葛藤の方にエネルギーを使ってしまって疲弊速度が速いですよね。
(インプットに関しては、エビングハウスの忘却曲線に沿ってストイックにこなせるだけの力量はないのですけれどね。とりあえず、遊びや趣味から嫌気を増長させない楽観さの中で着手してみるというのも一つなのかもしれません。足りないものは、やってる間に気になり始め補いたくなるものでしょうか。
例えていうならば、部屋の模様替えの家具の配置も実際に置いてみると、こっちにはコレ。 あっちにはアレかな? あ、アレが足りないから今度、買いに行こう!のいうような。)
頭のインテリアでインテリジェンスのフロンティアがブレイクグラウンドだぜʕ•̀ω•́ʔ✧キュピーン!
ちょっと意味わかんない。
ちょっとバカみたい。
なに誤作動してんの禿電球…
せめて、G(ゴキ)の話題に触れたんだから点灯虫とかにしてよねぇ。
(余談までに、チンチクリンの可愛い虫の方は『天道虫』と書きます。葉先まで行くと天に向かって飛んじゃって〜♪という習性からの命名なのかしら…)
それにしても黒歴史にしかなりそうにないインテリジェンスのフロンティア…胃がキリキリしてきましてよ。
意】break (new) ground:(新たな)土地を耕す
そろそろHPが尽きそうなので閉めていくといたしましょう。
仲介型はHP(ヒットポイント)が尽きやすい?
確かに、脆い!(確信)
但し、それは先天性として他者より抵抗力が無いのでは無く、他者よりも気にし過ぎたり抱え過ぎる事によって引き起こされる脆さや危うさではないだろうか?と感じるようになってきております。
身軽になる練習が課題になりそうです。ストレスを減らす「ストレスダイエット」なんてフレーズが流行ったりしないですかね。
その昔、ストレスが溜まると糖分を欲しやすくなり糖分中毒の甘党になりやすいなんてことを目にした事がありますが、もしも、そうだとしたらストレスをダイエットできる事で脂質も控えやすくなれるのかしら。
それに、ストレス状態にいると心身がかなり疲弊してしまう事からも普段以上にエネルギーを消費しているのでしょうし、体内環境も悪くなり免疫力も下がります。
故に、自分が何に喜び、何に怒るのか、それらに対して喜ばない必要はあるのか?怒る必要はあるのか?
物事への干渉の結果として、ストレスが増えた気がするか、癒された気がするのか。
ストレスを抱え込みやすい器質の身としては、そういった感覚へ必要性をなと感じるようになってきました。ストレスは数値として目に見えませんからね。「感覚」が個々の取り扱い説明書みたいなものと呼べるのかもしれません。
故に、その感覚を無視する事は説明書を読まないこと同義ですよね。
たとえ、説明書を読まなくても使いながら慣れることができる者によっては支障無くとも、扱い方を知らないままに壊してしまう者にとっては大事に至ることもあるでしょう。
ですから、自らは何に喜怒哀楽を感じているのか。そういう事に意識を向けてみるのも一つの方法のように思えてなりません。
上の方で述べた事と重複する事にはなりますが、知った気になるのは容易いですのでね。(切実)
知った気になる事は『それ以上を知ることの放棄のようなものだからよろしくはないよね。』と過去の傲慢な自分に言えたらいいのですけれどね。
最後に仲介者の注意点を2点
これまでに診断結果や上記までの内容でも性格傾向について触れてきましたが、その中でも特に2点注意しておきたい箇所があります。
①あらゆる視点で物事を捉えようとするリスク
↑当然、それだけエネルギー消費消します。
広げる風呂敷は畳めるサイズが望ましい。
「備えあれば憂いなし」とはいうものの、「備えて憂う」は本末転倒ですよね。
あれもこれも必要と感じて手を出した結果、収集がつかない。
例えば、学習においての教材も選びも、あれもやっておいたほうがいいかな?これも必要なんじゃないかな?あっちも友達がお勧めしてたっけ?
と、色々な教材を仕入れてしまっても手に負えませんよね。
的を絞ることで取り組む量を減し負担を軽減させることもも大切なのでしょうね。
※手の広げすぎ、背伸びのし過ぎに御注意下さい。
②孤立するリスク
↑チームと連携して分散ができないためにエネルギー枯渇速度を早めます。
リスクは分散できた方が安心度は増しますし、力は集結するほうが効果を発揮しやすいですからね。
※意地の張りすぎに御注意下さい。
くれぐれも無茶し過ぎないよう御自愛下さい。m(_ _)m