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≪お考え事*こんな感性あってもいい≫ 【日記】

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才能ある芸能人の引退と賛否

才能ある者の引退の賛否

賛否両論荒れている…毎度の芸能ニュース…

良し悪しを語れるわけもないため感想程度に思う事は、

一体誰を守りたくて、誰を傷つけたいのか…

そんな事がふと過ぎる。

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当事者の否を必要以上にせめても、その行為は少なからず家族や親族にまで及ぶ。

家族を顧みなかった本人の責任が多少なりあるとしても、それをバッシングする事で家族は更に不利益を被る。

一体誰のために声を荒げ、何に怒っているんだろう。

当事者に重ねて、家族に重ねて、自分に重ねて…。

ただ報道を目の当たりにして煽られて、芽生えた感情の置き場所を探しているだけなのかもしれない…そういう意味では情報を見せられた被害者が加害者に変わっているという見方もできるのだろうか…

自身で故意に見たとするならば自己責任なのかもしれないが、大きなニュースになると耳聞きしないでいるのも容易ではない…。

また、擁護やその他の報道も長引けば長引くほど矢面に立たされ続ける事を思えば、返って傷つけてしまってる事についても

擁護しているようで一種の加害行為だと受け取る事もできるのだよな…

そんな事を思うと、自身もまた何かしらの加害者と揶揄できるのかもしれない。

公開された情報がまるで100%の真実かのように主観の意見が正義でもあるかのように錯覚しては燃え拡がる…

また、非の打ち所のある反対意見をこぼして仕舞えば火に油を注いでいるようなものだろうし、更には新たな報道のネタに貢献しているようなものである。

そのコメントが私的なのか仕事で請け負っているのか人によって様々なのだろうけれど…

…騒ぐ人が居なければ、視聴者がいなければ、それを扱う人もいない。

なんて事を思うと、誰かを思い声を荒げるよりも、無関心であることの方が当事者周辺の被害も少ないわけだ…

そんな愛の対義語である無関心が人を傷つけないだなんていう事もあるのだから、結局、物の…人の…立場と都合で180度変わってしまう事ばかりである。

立場が違う物同士の潰し合い…あるいはこれすら共存の一部なのだろうか…。

善し悪しの判断はしかねるものの…事件の抑止の側面どころか二次災害を引き起こす要因にもなりかねないようにも感じるのは気のせいなのだろうか。

それで二次災害が生じてしまったとしても責任を負うどころか、それすらビジネスのネタとなり兼ねないのだから

それすら本人の全責任だというのもズレた話である、巣を突かなければ蜂が襲ってこなかったようなものだろう。

言ってみれば、国民を巻き込んで蜂の巣を突いているようなものなのでは…

少なくとも第三者が被害に合っている、全く関与していない家族までも被害に合っている、見なくていいもの見せられてストレスを煽られている…

そういう視点が正しいとも言えないが、1つの視点として見るに狂気じみている。

他人のプライベートなんて本来なんの価値も無い事に、価値を見出してしまっている人の業を上手く使われているようなものなのだろうか。

火に飛び込む蛾の如く…

人にとってニュースが光なのかも怪しいけれど、人の不幸が蜜というような比喩を引きずり出すならば遠からずとも言えるのだろうか…

それでも結果として、それに巻き込まれるとしたら他人の不幸なんて望みたくない人も多そうである…

他人の不幸なんて重いだけだ。

軽く感じるとすれば、責任を負わず、巻き込まれないという前提が背景に広がっていそうである。

こんな事を考えて葛藤するだけ割とストレスフルである。

せめて第三者の被害者及び当事者家族が追い込まれない事を願いたいものだ。

それが綺麗事に過ぎなくても望みくらいは自由かろう。

良し悪しの話ではなく、好き不好きの観点からみた感想に過ぎないのだけれど、ただでもストレス社会と言われてる世界に情報ストレスが轟々と流通しているのも不健康なのかもしれない。

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網艿 綴による完全趣味のほのぼの雑綴ブログです。

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